2013/06/30

ATLAS 実験

1. 素粒子物理学の課題

 素粒子物理学は、物質を構成する最小の単位(素粒子)と、 それらが互いに及ぼし合う力(相互作用)について調べる学問です。 素粒子物理学において、現在最も信頼ある理論として、標準理論があります。 標準理論において素粒子であると考えられているのは、 右の図に示すように物質を作る粒子であるフェルミオン(クオークとレプトン)と、 3つの相互作用(電磁、弱、強)を伝える粒子であるゲージボソンです。 また、素粒子に(慣性)質量を与える役割を担うヒッグス粒子も標準理論では 素粒子の一つと考えられています。

電弱対称性の破れ、質量の起源などを理論的に説明しうるヒッグス粒子は、長い間未発見でしたが、2012年に我々の参加するATLAS実験とCMS実験において、ついにその存在を確認することに成功しました(左下の図)。この発見は、素粒子物理学が次に向かうべく方向性さえを決めてしまうようなエポックメイキングな大発見です。寄田研では、このヒッグス粒子(ヒッグス機構)の詳細徹底的に理解するべく、一丸・総力戦で取り組んでいます。

 標準理論はゲージ対称性を用いて、電磁相互作用と弱い相互作用を統合した電弱相互作用と、強い相互作用が関わる実験事実をほぼ全て説明することができます。 しかし、電弱相互作用と強い相互作用の統一、重力相互作用、暗黒物質の存在、などについては 標準理論では説明に成功していません。超対称性粒子や余剰次元などの 標準理論を超えた現象を発見することも我々の目標の一つです。エネルギーフロンティア実験の醍醐味である新粒子・新現象を発見するべく、検出器からトリガー、高度なテクニックを用いる物理解析まで網羅的かつ精力的に研究を進めています。

LHC-ATLAS実験は、高エネルギー加速器を用いた陽子衝突型実験であり、 こういった素粒子物理学の謎を解明しようとしています。

 

2. LHC-ATLAS実験

 素粒子の性質を調べる方法の一つに、粒子を高エネルギーまで加速して衝突させ、反応をみる、というものがあります。それに必要なのが、最先端の科学と技術が詰め込まれた粒子加速器です。スイスのジュネーブにある研究機関CERN(欧州原子核研究機構)の有するLHC(Large Hadron Collider)は、27km(山手線一周ほど)もの円周を持つ大型の粒子加速器です。陽子を電磁力によって何段階にも分けて加速させ、最大で7TeV(7×10^{12}eV, 1eVは電荷1の粒子が1Vの電位差により加速された際に持つ運動エネルギー)ものエネルギーを与えます。極限まで加速された陽子と陽子を衝突させることにより、ビッグバン直後の世界に近い状態を作りだし、通常見ることのできない様々な反応を起こします。

発生した素粒子は、肉眼でも顕微鏡でも見ることができません。これを見るには、検出器を設置し、粒子と検出器の起こす反応から存在を間接的に知る必要があります。LHCに設置された検出器のうちの一つが、ATLAS検出器です。これは直径22m、幅44m程度の円筒型の巨大な検出器であり、様々な粒子を検出することができます。

 

3. 寄田研究室の取り組み

物理解析

ヒッグス粒子は発見され、質量やスピンが測定されていますが、これは主にボソンに崩壊する過程の観測の結果です。フェルミオンへの崩壊過程については、まだ単独に発見されてはいません。そもそもヒッグス機構の中で、ヒッグス粒子と他のボソンとの結合(ゲージ結合)とフェルミオンとの結合(湯川結合)は、まったく異なる記述によって説明されます。その意味でも、τレプトン、bクォークやtクォークとの結合を単独で測定することは、ヒッグス機構そのものの検証に迫る、重要な研究課題です。寄田研究室では、このヒッグス粒子の湯川結合に着目し、研究を行っています。

ATLAS実験は、検出器ハードウェアー、トリガー回路、物理解析と多岐に渡る技術、専門性がないと、自分たちのやりたいことが達成できません。寄田研究室では、これらをコヒーレントかつ着実に進めるため、博士学生(2013年度3名)はCERNに長期滞在し(修士学生も数か月/年)、テレビ会議などを駆使して、連絡を充実させ、現場の研究者とともに新しい現象を発見すべく、日々頑張っています。

高速飛跡検出システム・トリガー回路(FTK)の開発と構築

 たとえば、ヒッグス粒子の性質測定、標準理論をこえる粒子の探索のためにも、より多くのデータが必要です。今後LHC加速器は、欲しい事象をより多く取得するため、何段階ものアップグレードを行い、エネルギーとビーム輝度を上げていく予定です。しかし多くの事象を発生させると、目的の事象とは関係のない背景事象も多く発生します。ATLASでは陽子衝突が1秒間に4千万回の頻度で起こりますが、データとして書き出せるのは数百回分しかありません。

そこで、必要な事象といらない事象を素早く判別し、必要な事象に絞って記録する「トリガー」の役割がとても重要になってきます。特に、一度の衝突でたくさんの事象が発生するようになったら、粒子の飛跡を詳しく把握することが必要不可欠になります。現在、ATLASトリガーシステムでは飛跡の再構成はオフラインと同様の解析ソフトウェアで行われていますが、これには多量のCPU時間がかかり、検出器の一部分の飛跡しか再構成できず、トリガーにおいて飛跡情報をフルに活用することができませんでした。

 そこで必要なのが、現在、寄田研究室がシカゴ大学やピサ大学などと協力して開発を進めているFTK(Fast TracKer:高速飛跡トリガー)システムです。
FTKシステムはあらかじめ大量の飛跡パターンをメモリに記憶しており、それと比べることによって素早く飛跡を再構成します。
つまり、FTKを挿入することで、早い段階で検出器全体の飛跡情報を得ることができます。
この情報を使い、高輝度環境下での実験でも対応できるトリガーを作ることができると考えています。

 FTKはいくつもの複雑な電子回路の組み合わせで動作します。
寄田研究室では、この中でも、システムの最上流部に位置し、検出器からデータを受け取るIM(Input Mezzanine)ボードを開発しています。
このIMボードについては、基板のデザインから、ボードの量産、ファームウェア開発、ATLAS実験への実装および運用まで、寄田研究室で一貫して行っている計画です。
2015年にはIMボードを80台量産し、個体試験を行いました。
この個体試験で全台が試験基準をクリアし、ATLASへと輸送しました。
また、本来の目的であるFTKの物理解析への応用(主にヒッグス粒子のフェルミオンへの崩壊事象の研究)に向けた準備として、トリガーシミュレーションの確立、飛跡の再構成率や分解能の理解、一次衝突点の再構成などの基礎研究を進めています。

 現在は、2017年のFTKシステム本格稼動へ向け、ATLAS実験へ実装する準備を進めています。
このように、寄田研究室では、素粒子物理学の新しい幕開けに、実地的かつ本質的に貢献しながら、立ち向かっているのです。